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かつて、歌手・河島英五の呼びかけにより開催された「復興の詩」というコンサートがあった。阪神・淡路大震災のチャリティー目的で始まったこのコンサートは、出演者は全て無報酬、10年は続ける…という約束の元にスタートした。 当初は規模も小さく、チケットを売るのにもひと苦労。英五自らがストリートライブに出かけ、手売りで参加を呼びかけたという。やがて回数を重ねるにつれ、その“思いの輪”は広がっていった。 呼びかけ人であった英五は、無念にも7回目を前に亡くなってしまう。それでも残された者たちが英五の意思を継ぎ、見事に「復興の詩」は約束の10回をやり遂げた。その素晴らしいコンサートは、今でも語り草となっている。 <参考リンク>「復興の詩」vol.9 <参考リンク> 「復興の詩」vol.10 〜英五、ありがとう〜 「復興の詩」は終了してしまったが、昨年はそれを継承するかのように「テンテンカフェ」という奈良の片隅のカフェで、ライブが行われた。ごくごく小さな規模ではあったが、ライブ途中では英五が“降りて”くるなど、忘れられないひとときであった。 <参考リンク>伝説のLIVE〜英五の降りる夜〜 あの「復興の詩」終焉から2年…2006年4月。今、新たな伝説が始まろうとしている。 ちなみに私はこのライブの決定を知り、嬉しくて嬉しくて、独自に告知ページなどを製作した。 <参考リンク>河島英五tribute LIVE 「月の花まつり」告知ページ 結構、自信を持って「出る曲」とか予想したのだが、ほとんど当たらんかった(^_^;) ま、それは置いといて。
4月23日「月の花まつり」当日。私は友人たちと合流し、会場である「心斎橋BIGCAT」へと向かった。「できるだけいい席を」と思い、数時間前に着いたのだが…熱心なファンの方が数人いるだけ。もっとズラリと並んでいるかと思ったのだが…。 開場30分前に、BICCATへ戻る。おお、さっきは人もまばらだったが、沢山の人が集まってきている。…と、ここで信じられない事態が。係員が出てきて、拡声器でこんなコトを。 「申し訳ありませんが、(整理番号は関係なく)今並んでいる順番にご入場して頂きます」 はぁ?じゃあ、先の言葉を信じてこの場を離れた私たちって一体…。当然のことながら、客の中から怒号が飛ぶ。「どうなっとるねん!」「おかしいやないか!」…お怒りも当然。私も激怒…したかったが、必死にこらえる。今日はお祭りなんだ。英五さんの1年に一度のバースデー。怒っちゃダメだダメだダメだ…。
まあ、気を取り直して…。入場を待っているその時、急に一人のご婦人に話しかけられた。 「こんにちは、りょうさんですよね」 むうう…必死に思い出そうとしたが記憶にない。どこかでお会いしたのか…。と思ったら、実は初対面でした。ご婦人は平尾のHPを見てくれていていたのである。「福男選び」のこともあり、WEB上で顔&氏名を公表している私だが、たまにこういう方も居たりして嬉しいのだ。 「これ、よろしかったらどうぞ」 そう手渡されたもの…むむ!これは…DVDではないか。2005年秋に行われた「河島英五ファンの集い」、その時の映像だという。パッケージも自主制作、しかも2枚組。後日、内容を確認したが…ファンの方が英五ナンバーを熱唱する姿や、元・英五さんのバックバンドを務めていた「あらい舞」さんの姿が収められていた。むうう、熱いぜ。
英五さんのファンの方は、その歌をどんどん伝えていきたい、という思いが強いようだ。今まで頂いたCDは数知れず…。ありがとうございます、大切にさせて頂きます! 「昔、英五さんの追っかけだったんです」 そんなコトを嬉しそうに話すご婦人。本当に英五さんが好きなんだなぁ。やっぱり今日は“お祭り”なんだ。まだまだ若輩者の私だが、めいっぱい楽しもう。そう思いを新たにした。
会場に入ると、ステージの後ろには、英五さんの絵が描かれている。2年前に終了した「復興の詩」の興奮が蘇ってくるようである。ライブ開始まで1時間。平尾はTシャツ買いに行ったり、ビール飲んだりソワソワ…落ち着けって。 18:00、いよいよライブの幕が開く。会場の照明が落とされる…、む、かすかに機械の動作音が…。会場の右側を見ると、白いスクリーンがゆっくりと降りてきた。「復興の詩」でも、ライブの冒頭では英五さんの生前の映像からスタートした。今回もまた…。会場の視線が、スクリーンに注がれる。 やがてそこに映し出されたのは、若かりし頃の英五さんであった。その瞬間に会場のどこそこから、図太い声が飛ぶ。「英五ー!」。待ち望んでいたライブが、始まるのだ。 流れてくる軽快なメロディー…「風になれ」。この曲のPV映像だろうか。自然に囲まれた道を、のしのしと歩く英五さん。時折、満面の笑顔を見せる…。それを見ているだけで、胸がイッパイになってしまった…。 「風になれ」はフルコーラスではなく、途中でフェイドアウト。そして続けざまに映し出されたのは、「どんまいどんまい」を歌う英五さんのライブ映像だ。髪を振り乱し、パワフルにギターをかき鳴らす英五さん。 冒頭の2映像だが、とても考えた選曲だったと思う。今回のトリビュートライブには、英五さんを全く知らない人たちも来ているだろう。特にゲストの「キッサコ」と「長谷川都」さんのファンは、かなり若いファンが多い。 昔の私のように、英五さんの曲を「酒と泪と男と女」しか知らなかったら…「河島英五は演歌歌手」なんていうイメージを持っているかも知れない。明るく軽快なポップス町の「風になれ」、英五さんの曲の中でも、有数の激しさの「どんまいどんまい」のライブ映像。冒頭の2曲は、そのイメージを完全に払拭した。もはや説明はいらない。歌手・河島英五とはこんなシンガーであった…、それを表現した2曲であった。 ステージには、翔馬バンドとアナマキが!英五さんの映像でヒートアップした会場を冷ます間もなく、会場を揺らすような演奏が始まった。
【翔馬バンド、河島あみる、アナム&マキ】 >風は旅人 一曲目からノリノリ。「今日はしんみりした会じゃなくて、お祭りだ!」と言わんばかりのスタートだ。翔馬も、観客に積極的な参加を呼びかける。「おーーーーーい!」。それに観客も応える。「おーーーーい!」早くも会場が一体となる。 翔馬バンドのメンバーで、サックスの岡島直樹さんという方がいるのだが、これがメチャクチャ上手い。特にこの曲ではサックスの音が効果的に使われる。 つかみはオッケー…ということで、翔馬たちは一時退散。あみるさんと、南光さんのトーク。「復興の詩」で南光さんが一曲歌ったことを覚えているファンは、当然ながら今回も…な〜んて期待を抱いていたが、南光さんは「今回は歌いまへんで!」と“先制パンチ”。会場が爆笑の渦となる。 あみるさんが、父(英五さん)がよく夢に出てきて、助言することがズバリ現実になる…と話す。そう、河島家の人々は霊感がメチャクチャ強いのだ…。あみるさんの息子・天夢(てん)くんでさえ、コトあるごとに英五さんを感じているという。ヘタすりゃ夏の怪談大会だが、それが半分“当たり前”になっているようなのでサラリと話す。 準備が整い、今回のゲストの1組目であるキッサコが登場。田中まさや、薬師寺寛邦、麻生優作の3人で構成された男性ボーカルユニット。アナム&マキと親交が深く、彼女らの最新アルバムではバックコーラスとしてゲスト参加している。 挨拶もソコソコに、美しいメロディーが流れ始めた。
【キッサコ】 >花街 キッサコの3人は誰一人として京都出身ではないが、京都で結成された縁で、京都を中心に活動を進めてきた。この「花街」は、そんな3人の京都への思いが込められた秀作である。恐らくこの会場の半数以上が、キッサコの歌声を聴くのは初めてであろう。だがこの一曲で、会場の誰もが、キッサコの持つ世界に引き込まれたようであった。 持ち歌に続いては、いよいよ英五さんの曲のカバーである。選曲は「地球のどこかの片隅で」。どこかで日が昇る時、どこかで日が沈む。誰かが生まれた時、どこかで誰かが天にゆく。そんな世界の大きな流れを歌った曲である。 >地球のどこかの片隅で 「我々はまだまだ若輩者。いつか英五さんのような、大きな歌を歌えるようになりたい」 そんな思いから、この曲を選んだという。 キッサコは、かなりの男前3人のユニットであるが…平尾は男性なので、当然ながら(?)男性の魅力としての彼らに胸キュンすることはない。しかし、歌手としては違う。特にメインボーカルの田中だが、丹精な顔の表情を崩し、身体全体から思いを絞りだすような歌い方をするのだ。男性から見ても、最高にカッコいい。 そして曲のラストが最高。大胆に後奏をぶった切り、歌詞の最後の部分をクレッシェンドでシメる。むうう、と唸ってしまった。トリビュートライブということで、会場の多くは生前の英五さんを知るファン。選曲やアレンジには苦労したであろう。その中にあってただのカバーでなく、自分たちの持ち味を最高に引き出すアレンジ。キッサコには「お見事」と言うしかない。 >ハイム キッサコのパート、最後の曲は彼らのデビュー曲。デビュー曲というと、その歌手の原点と言えるものだが、この曲もしかり。一曲目の「花街」と同じく、郷愁を感じさせるメロディーが胸を熱くさせる。 これでキッサコのコーナーは終了。これでわかったのは、2組のゲストコーナーの構成。歌うのは3曲で、持ち歌→英五ナンバーのカバー→持ち歌、という流れのようだ。むうう、キッサコも長谷川都さんも、もちろんとても素晴らしいオリジナル楽曲を持っている。だがこの機会なので、英五ナンバーをもうちょっと歌って欲しかったな…なんてちょっと思った。
【アナム&マキ】 キッサコと入れ替わるように出てきたのはアナム&マキの2人だ。 >ノウダラの女 英五さんは生前、ギターを背負って世界中を旅した。そしてインドで出会った女性のことをテーマにして作ったのがこの曲。「旦那は若い女と逃げちゃった。私もまだ23だし、やり直せるよね」というちょっと暗いな内容なのだが、英五さんはわりと賑やかなアレンジで歌っていた。しかしアナマキには、ダークな曲をとことんダークに歌うのが似合っているのだった。 【マキ】 なんとここでアナムが一時退場。マキがソロで歌うという。これまで何度かライブに足を運んだが、マキがソロで歌うシーンは無かったように思う。 >お父さんの昔 マキの選曲は「お父さんの昔」。マキのけだるい声(←もちろん、いい意味での)にピッタリである。東北地方の子どもが書いた詩を元に、様々な方言が入り混じる郷愁を呼ぶ歌詞。終盤、完全に音楽を止めて、アカペラで歌う場面を入れたのは好アレンジであった。 【アナム】 今度はマキが舞台袖に消え、出てきたのはアナム。楽器は何も持たずに、スタンドマイクの前に立った。 「この曲を歌うのは2回目かな」 そう言って歌い始めたのは…。 >崩れた壁 アナムの言うように、この曲は同じようにソロで、伝説のライブ「復興の詩」で歌っている。その時、アナムはこんなエピソードを明かしている。
アナムとマキ、それぞれのソロが終わると、もちろん今度は二人の…「アナム&マキ」としてのパートである。 【アナム&マキ】 >魔法の絵の具 英五ナンバーというと、男くさいイメージがあるが、中にはあの「NHKみんなの歌」で放送された、子供向けの曲も存在する。それがこの曲である。アナム&マキはこの曲がお気に入りのようで、彼女らのライブでよく耳にする。今回のライブは「英五トリビュート」なので、観客の年齢層はわりと高めである。それでも、このライブのコンセプトは「大人から子どもまで楽しめる(チラシより)」。この一曲は、会場の子どもさんたちに贈る、彼女からのプレゼントだったのかも知れない。 そしてここで、このライブのひとつのヤマ場を迎える。マキが特徴的なメロディーを奏でると、アナムが静かに話し始める。“あの曲”を歌う前の、いつものパターンである。 「昨年は父の命日(4月16日)にライブしたんですけど…めちゃ泣いて大変でした。でも今日は父の誕生日。やっぱり気持ちが違います」 そう…昨年の4月16日「テンテンスペシャル」は素晴らしいライブであったが、どことなく“重い”雰囲気もあった。そりゃそうだ、親族からすれば、命日にドンチャン騒ぎ…という気分にはなれないだろう。だが今日は、明らかにアナム、他の出演者から力が抜けている。楽しい時間にしよう。そう、今日はお祭りなのだ。そんな思いが伝わってくるのだ。 あの曲が始まった。「人は死んでも、すべてが無くなってしまうわけじゃない。空に昇って星になって、いつまでも見つめてくれている」。そんなメッセージが込められた曲。そして、今日のライブの名前にもなっている曲。 >月の花まつり 自然と手拍子が起こる。誰もが、この曲を待っていたようだった。事前に歌われる楽曲は知らされておらず、基本的に何が歌われるかわからないライブ。だが、この曲だけは違う。そりゃそうだ、「月の花まつり」ライブで、「月の花まつり」が歌われないはずもない。 曲の終了後、司会のあみるさんが「この曲は父の曲ですが、アナマキによって完成を見た、という感じがします」と言った。むうう、この件に関しては色々な意見があるだろうが、私はアナマキで完成した…というより、すでに完成されていた英五バージョンのこの曲を噛み砕き、“もうひとつの曲”として完成させた…というほうが適切なように、個人的には思う。
ここで第1部が終了、休憩を挟む。
【長谷川都】 さて、第2部のしょっぱなは、2回目のゲストタイム。今度は長谷川都さんの登場である。もちろん一人で…と思ったら、アナム&マキが都さんのキーボードを挟むように座った。プライベートでも仲良しだという彼女ら、微笑みあいながらアイコンタクトする姿からは、心から信頼し合っているコトが伝わってきた。 >愛ゆらら かつて都さんが一時活動休止した時、再スタートとして自主製作した一曲。基本的に都さんの曲のテーマは「愛」。楽曲の多くにこの文字が登場する。 >ながいながいお話をみじかいみじかいひとことで 正直、これにはブッ飛んだ。都さんがどの英五ナンバーを歌うかは楽しみのひとつだったが、まさかこの曲とは。なぜならこの曲、とっても“色っぽい”ナンバーだからである。 都さんパートのラストは、やっぱり持ち歌。歌の前に、都さんがこう言った。「ひとつのメロディー、ひとつの歌詞でも、皆さんの心に残ってくれたら…」。この言葉、彼女の心からの思いだろう。実は都さん、今年の6月いっぱいで、活動を一時停止することを発表している。引退…ではないが、のちのHPの日記で「今回が、わたしの最後の歌の旅でした」と綴っている。先日のライブでも「戻ってくるかも知れないし、もう戻ってこないかもしれない」と言っていた。それなりの覚悟の上での活動休止なのだ。 「大切な歌を、歌います」 >はなうた 都さんが自分のパート、最後の一曲に選んだのは、デビュー前に初めて書いたというこの曲だった。都さんのライブで何度もこの曲を聴いたことがあるが、今までで一番力強く感じた「はなうた」であった。 都さんの出番が終わって、次の準備ができるまで司会の南光さん・あみるさんと都さんのトーク。南光さんは、都さんの休止のことを知らないんだなあ。「また関西に歌いにきてくださいね」と振られた時の、都さんの苦笑いが少し悲しげだった…。
…さて、いよいよ今回のライブの“真打ち”登場だ。翔馬である。 【翔馬】 >かけがえのない人 実は平尾、この曲を知らなかった。始めは翔馬のオリジナル・ナンバーだと思っていたが、実は英五さんの曲らしい。改めて自分の勉強不足と、英五さんの曲の深さを思い知った。 >花 翔馬のライブではお馴染みとなっているナンバーである。英五の遺品の中から見つかった楽譜、それを翔馬がアレンジを加えて完成させたものなのだ。そういった意味でも、この曲は“幻の英五ナンバー”と言えるかもしれない。非常に力強く、これぞ英五節!と思わせてくれる一曲である。 お次は翔馬がライブで好んで歌言うナンバーである。 >出発 「そろそろ立とうかー!」の呼びかけで、老若男女、みんなが立ちあがった。そう、これかからラストへ向けて一直線なのだ。翔馬が上着を脱ぐ。もちろん下には、英五さんを思わせる黒のシャツ。ここに“英五トリビュートライブ”の完成されつつあった。 飛ぶ。跳ねる。歌う。叫ぶ。会場が一体となる。 曲が終わり、ギターの音の反響が終わりもしないのに、舞台袖から出てきた人影…光る頭…むむ!あれは! 「いややいやいや〜〜〜」 笑福亭鶴瓶である。そう、事前にチラシの片隅で予告されていたサプライズゲストとは、鶴瓶のことだったのだ。ちょっと驚き…こういったライブなのだから、てっきりシンガーが来て、一曲でも披露するものだと思っていたが…。そこで司会の南光さんが解説する。 「ホンマは誰か、歌手が来るやろ思てたけど、誰も来うへん。仕方ないから鶴瓶を呼んだんですわ」 何はともあれ、思いもかけぬゲストに会場はヒートアップ。最高の盛り上がりを見せる。南光さんの呼びかけで、今日の出演者が次々と舞台に登場する。アナム&マキ、キッサコ、長谷川都さん。みんな今回のライブの限定Tシャツだ。全出演者が一列に舞台に並び、始まったのは、ライブの最高潮に相応しい一曲であった。 >元気だしてゆこう 英五さんの晩年の名曲。今年はサッカーW杯イヤーだが、この曲は2002年度サッカーワールドカップの際の、日本代表応援公式ソングなのだ。 >伝達 続いて始まったこの曲も、翔馬のオン・ステージでは、もはや“お決まり”の曲である。 翔馬は場を盛り上げる術を知っている。決して“父譲り”という天性ののものではない。実際…「復興の詩」の9回目のフィナーレでは、真意がちゃんと客席に伝わらず、ラストを迎える前に客が席を立ってしまった…という場面があった。あれから2年。今の翔馬の実力は彼の経験と、真摯にライブ活動を続けてきた努力の賜物であろう。 …これで、とうとうライブが終了した。舞台袖に消えてゆく出演者たち。だが、これで終わりじゃないコトくらい、観客の誰もが分かっていた。 「アンコール!アンコール!」…手拍子が早まるにつれ、その声はいつしか「英五!英五!」に変わっていた。あの伝説の「復興の詩」と同じだ。しかし観客の思いとはうらはら、ステージの光も落とされ、会場は真っ暗に…ナゼ? ウィーーーーン…。 会場に低く響いたのは、小さなモーター音。見ると暗闇の中、うっすらと…壁に白いスクリーンが降ろされていくのがわかった。何がはじまるのか?私の胸は高まった。 そして流れてきたのは…河島英五、最大のヒット曲である…アノ曲であった。 >酒と泪と男と女 静かな、お馴染みのメロディーとともに始まった名曲。英五の生前の映像がスクリーンに映し出された。その声に静かに聞き惚れ、全ての観客の目が、スクリーンへと注がれていた。 そんな観客に悟られぬように?か、暗闇に包まれているステージに、人の気配が。 スクリーンの英五が歌の前半を歌い終えると、今度はステージが急に照らされた。翔馬だ!翔馬は英五が歌ったあとを引き継ぐように、父の名曲を熱唱した。そしてサビの「飲んで〜、飲んで…」の部分では、スクリーンの英五の声と自らの声を重ね、見事なハーモニーを披露した。 競演。 父は、改めてその存在の大きさを示すように。息子は、成長した姿を父に披露するかのように。ふたつの声が融合しながらも、それぞれの思いをぶつけ合う。父と息子、なし得なかった“デュエット”。一部の事前報道では、翔馬が「酒と泪―」をアレンジした新曲を披露する?なんてのがあったが、そんな陳腐なものではなかった。亡き父と、その父の意思を継いだ息子が声を合わせ、ひとつの曲を歌い上げる。ここまで感動的なシーンは滅多とない。 会場全体が、えも言われぬ感動に包まれた…。
曲を歌い終わった翔馬は、他の出演者を再びステージに呼び寄せる。全ての出演者が揃い、そして流れてきた曲は…。 【LIVE「月の花まつり」All STERS】 >旧友再会 この曲のイントロが流れた時、不覚にも泣いてしまった。隣に居た友人が、タオルを貸してくれたほどの号泣。英五さんがこの世に残してくれた最後の一曲…最後のライブで、最後に歌った曲。それがヒット曲ではなく、友に捧げる歌だったのは、河島英五という男の生き様を表しているような気がする。 会場に歌声が響き渡る。流れる英五の生前の声に、出演者のバラエティーに富んだ声が重なる。そこにさらに、客席からの声がプラスされた。この曲が聴きたかった。そして、こんな「旧友再会」が聴きたかった。 「復興の詩」を初めとして、今まで幾度となく“節目”で歌われてきたこの曲。だがそれは、どうしても英五の「死」をどこかに背負った、少し物悲しい響きを含んでいた。だが今回は違う。本当にいいの?というぐらい底抜けに明るく、心を弾ませてくれる力を持っていた。まるで会場全体で声を合わせ、天へ向かって「英五、元気かー?」と呼びかけているかのようであった。
「月の花まつり」は幕を閉じた。だが観客の熱は冷めず、さらなるアンコールを求めた。もちろんコールは「アンコール」ではなく「英五!英五!」である。 ちょっと長めの時間が過ぎた。恐らく出演者側も、2度目のアンコールは想定していなかったのだろう。おっと!ようやくあみるさん、翔馬、アナムの3人が小走りで出てきた。むむ?アンコールに応えるっぽくないが?…あみるさんが、ちょっとおどけたポーズをとりなが一言。 「また!来年〜!」 一気に会場が和んだ。そう、これは一回こっきりの限定ライブではない。来年、その次と行われるライブなのだ。焦る必要などないのだ…。
河島英五トリビュートライブ「月の花まつり」は、大盛況のうちに幕を閉じた。だがこれで終わりなのではなく、また新たな伝説の始まりに過ぎない。 英五さんが「復興の詩」を10年続ける、と宣言したのと同じように、あみるさんもこのライブを10年は続けたい、と宣言した。ライブの名前は変わるかも知れない。日程や会場の変更もあるかも知れない。だが、来年もまた多くの人がライブに集うだろう…再び英五に会うために。そして私も、是非ともその輪の中に加わりたい。
<その後のこと> LIVE「月の花まつり」は2007年、河島英五記念ライブ「元気だしてゆこう」と名前を変え、会場もあの「復興の詩」が初期に行われていた、大阪野外音楽堂に移された。5月6日に行われた第1回は、天候は雨にも関わらず大盛況。見事な成功を収めた。 翔馬は決まっていなかったバンド名を「RED EAR(レッド・イヤー)」に決定。キーボード担当の姉・あみるらとともにライブ活動を続ける。また「元気だしてゆこう88」と銘打ち、四国の各所でチャリティーライブを実施している。 アナム&マキは2007年、前年のアカデミー賞候補にもなった女優・菊池凛子出演の化粧品CMに楽曲を提供。7月から放送開始。8月に実に5年ぶりとなるシングル、9月には2年ぶりとなるアルバムを発売。彼女らにとって飛躍の年となりそうだ。 キッサコは2006年には新アルバムを発売。東京・渋谷を中心に、精力的な活動を続けている。先日、彼らのライブを見てきたが、東京でも熱心なファンを獲得しているようだ。 長谷川都さんは2006年6月末日、アナム&マキと東京でライブを行い、予告通りライブ活動を休止。約1年間ののち、名前をカタカナ表記の「ハセガワ ミヤコ」に改め、ライブ活動再開している。
…そして、河島英五の伝説は、永遠に続いてゆく。 (最終編集日:2007年7月7日) |