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その4

福男は西宮のヒーローだ

◆「福男」の名誉はひとときだった

 2004年のいわゆる“福男騒動”の際、ある噂がネット上で流れた。

 「福男になると、縁起がいいからと選挙事務所などに呼ばれ、一度に数十万ほどもらえるらしい」

 こんな馬鹿げた話、誰が信じるか…と思いきや、多くの人がこれを真に受けてしまったようだ。当時、私はこのデタラメな噂について「そんなことは絶対にない」と否定した。

 もっとも、ある福男経験者は「テレビを見てくれた行きつけの散髪屋でおまけしてくれた」という話をしてくれたし、別の福男は数日後にテレビ局に呼ばれることなどはあったが、それもごく個人的な、突発的もの。基本的には金銭的に得することはないし、「福男」になっても、実際にその肩書きが通用するのは瞬間的なものだ。

 福男とは、ほんのひとときの名誉。1月10日午前6時に選ばれ認定されて副賞をもらい、その後は特に何もない。それはそれで健全…だけれど、少し寂しさも感じていた。西宮神社の大祭・十日えびすでせっかく選ばれた福男。扱いがアッサリしすぎなのでは…。

◆薄れてゆく「地域」の色

 かつて交通機関も発達していない頃は、開門神事とは“えべっさんの門前町”の、ごくごく小さな「地域の祭り」であった。つまり福男とは「地元の祭りのヒーロー」の扱いだったわけだ。実際、当時の福男が周辺の家に招かれて“主役”を囲んで宴を開いた…なんて記録も残っている。


昭和34年の開門時の写真。

 だが、祭りの風景はすっかり様変わりした。神事は全国的に有名になり、航空機を利用して関東地区や北海道、九州などからも参加者が集うようになった。こうして遠方からわざわざ参加してくれることは本当にありがたい。反面、開門神事への理解が低くスポーツ競技と勘違いしている者や、西宮神社にどんな神様が祀られているかさえ知らない者も集まってくるようになった。そして何より「地域の祭り」の色は薄れる一方だった。

 同時に福男の印象もすっかり変わった。遠方から参加し「初めて西宮神社に来た」という人間が福男となり、すぐに帰ってゆく。それ以来二度と、西宮を訪れない人もいるだろう。時代の流れといえば仕方ないが、その福男に対し「地元のヒーロー」の文字は皆無である。

◆原点回帰の流れ


一番福に笑顔の栄くん

 そんな中、平成21年に、ある男が一番福を勝ち取る。あの平成16年、妨害行為がクローズアップされた“福男騒動”の時に二番福だった栄くんである。彼は一番福になった感想を聞かれた時、涙が出そうになるほど嬉しいコメントを残してくれた。

 「子どものころからの夢がかなった」

 栄くんの実家は、西宮神社から歩いて行ける距離にあるという根っからの“西宮っ子”。今のように開門神事が有名になる前から“いつか福男になりたい”と思っていたという。

 さらに次の年、平成22年に二番福となった大迫くん(平成17年に三番福の経験あり)も西宮在住。栄くんと同じく、まだ近畿地方のニュースでしか神事が取り上げられなかった頃から、福男への憧れを抱いていたという。

 「小学校の時に初めてニュースで見た時のインパクトは凄かった。福男に憧れました。“地元のヒーロー”ですから」

 今や「福男」の名は全国区。中には、走って福を競い合う光景を冷ややかな目で見る人もいるだろう。しかし西宮に住む人たちにとってはその称号は別格なのだ。全国的には知名度が低かった時代から、福男に憧れていた地元の少年たちが成長し、その夢をかなえる…。ここへ来て、開門神事の原点回帰の流れができ始めた。

 このタイミングで、西宮神社はある決断を下す。選ばれたその年の福男に、神社の行事にどんどん参加してもらうという方針を打ち出したのだ。

◆神社の行事に奉仕参加


2009年9月、西宮祭り「渡御祭」に参加した大迫くん(左)と外山くん

 平成22年は節分前の「福もちつき」、そして400年ぶりに復興された西宮祭り「渡御祭(とぎょさい)」に参加するよう、この年の福男に声をかけた。そして地元の大迫くんはもちろん、一番福・外山くんも東京から駆けつけ、2人とも実に堂々とした振る舞いで見事にその役割を果たしてくれた。

 神社側は今後も、福男に行事参加してもらう方針だという。今回、クジ引き参加者に署名してもらう「参加心得書」にも、次のような一文が明記されている。

 「もし上位3位までに入り、福男に認定されると、その後1年間の西宮神社の行事に参加して頂くことになります。その覚悟なき方は参加をお控え下さい」

 福男の称号を得た限りは、どこの地域に住んでいようが、どんな仕事をしていようが、優先的に西宮神社の行事に来てもらうことになる。もちろん、基本的にお金は出ない。これはアルバイトではなく「奉仕」なのだから。

 誤解して欲しくないのは、この方針によって、他地域からの参加者を減らそうと思っているわけではない。ただ、西宮神社によって選ばれた福男がその1年間、神社に奉仕するのは当然なこと。西宮に縁もゆかりもない人が福男になっても、祭りのたびに顔を見せて福を振り撒けば、それは立派な“西宮のヒーロー”だ。

 ただし神社の行事とは、たいがい淡々としたもの。誤解を恐れずに言えば、退屈で、参加するのが苦痛に思えるものもあるかも知れない。しかしそれを拒否するのであれば、初めから福男になどならねばいい。その覚悟なきものは去れ。

 福男になった!あとは知りませ〜ん…では困る。すぐに浸透させるのは難しいかも知れないが、「福男」の称号を得ることは、それから1年間、大きな義務と責任を負うということだ。参加者には半端な気持ちだけで福男になってはいけないことに気づいて欲しい。

 

 「福男」を狙おうとしている、全ての人に問う。

 あなたは“西宮のヒーロー”になる覚悟がありますか?