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平成27年(2015)
 「開門神事福男選び」

 

 この年は超大物ゲストが、スタッフの一員として働いてくれることになった。昨年支援した、宮城県女川町の「女川復幸男」で連覇を果たした“ミスター復幸男”鈴木大(すずき・だい)さんである。


“ミスター復幸男”鈴木大さん

 昨年、女川でお会いした際に「西宮で一緒に門を開けてくれませんか」と声を掛けたのだが、神事前に正式オファー。それが実現することになった。東北の方が開門神事の裏方として関わるのは初めてのことだ。開門の際には、裏方の花形である門押さえ、しかもセンターを担当してもらった。


開門を担当したスタッフ。前列中央は鈴木さん

 「復興した被災地から、復興に向かう被災地へ」の思いから、チャリティーグッズ販売などの支援を行ってきたが、こうやって東北から協力者が来てくれたことで、繋がりはより強いものとなった。

 

開門
一斉に駆け出す参加者たち。前年は開門直後に多くの転倒者が出たが、この年はキレイなスタートとなった。

 

開門、別角度から
この時、意外なアクシデントも…詳しくは後述。

 


本殿に駆け込む参加者たち
一番福をつかまえた神職さんがブッとび話題となった。

 

福男3人が決定!
左から三番福・石田くん、一番福・志和くん、ニ番福・小池くん。

 

福男による鏡割り
豪快に飛び散る酒。このあと、参拝客に振る舞われた。

 

 この年の福男は、いずれも初参加の大学生。かつての「初参加では福男になれない」というジンクスは完全に消えたといっていい。ただ、神事後のインタビューで「友達に誘われて何となく来たら勝っちゃった」的なコトを言われると、さすがに寂しさも感じる。


米俵を持ち上げる志和くん

 とはいえ、神事が終わった後も、しっかりと福男の3人は西宮神社の一員として仕事を果たしてくれた。三番福・石田くんは女川での「女川復幸男」サポートに同行。一番福・志和くん、二番福・小池くんは秋の祭りに参加してくれた。


女川に同行した石田くん(右)。左は西宮神社・堀川権禰宜

秋の海上渡御祭に参加した小池くん(左)、志和くん

 福男になったら“それで終わり”ではない。こうやって行事に参加することも仕事のひとつ。ちなみに、二番福・小池くんは、阪神タイガース・藤浪投手と高校の元チームメートだったとのことで、スポーツ紙ではそのことを大きく扱ったものが目立った。

 

 そんな中、信じられないようなアクシデントも起こった。天秤カーブ(第一コーナー)付近で、マスコミ某社の脚立が参道にせり出しており、多数の転倒者が発生した。後から映像を見ると、大事故にならなかったのが奇跡、と思えるくらいの状態だった。


問題となった脚立。非常に危険な状態に!

 大げさではなく、命に関わる事態となっていてもおかしくなかった。このような事態が起こってしまった以上、次回以降はかなり厳しい形で、脚立・三脚の使用を禁止しなければならないだろう。

 

 一方で、赤門が破損するという珍しいコトも起こった。この年の神事の映像を見返すと、開門直後に「カラーン!」と大きな金属音が聞こえる。実は開門時の衝撃で門の一部が割れ、大きな金具が外れたのだ。


破損した赤門

 今回の開門が特別激しかったというわけではない。だが、重要文化財指定にもされる古い門である。開門神事のダメージは確実に蓄積されているのだろう。

 神事後、昨年と同様に東北でのイベントの支援を行った。まずは2月、岩手県釜石市での「新春 韋駄天(いだてん)競走」へ。

 市街地から、震災時に避難所になった高台の寺「仙寿院」までの坂道を競走する。当日の飛び入り参加もできるが、基本的には事前エントリー方式を取っている。全員一緒に走る一発勝負の福男選びとは違い「31歳以上男性」「30歳以下男性」「女性」「親子」の4部門に分かれている。そのため、「福親子」というユニークな称号がある。


私はスタートの合図と、ゴールを担当した

 「韋駄天競走」は、釜石出身の若者が中心となり結成した「釜石応援団」が運営している。本当に温かい歓迎を受けて感激した。私の人生そのものである開門神事が、東北で、こんなにも素晴らしい人たちによって活用されている。それだけで胸がいっぱいになった。


「釜石応援団」メンバーと記念撮影

 そして、主催である「仙寿院」の芝崎住職。とても柔軟な考えを持っておられ、話しているだけで自然と笑顔になってしまう、そんなオーラをもっていた。


千寿院の芝崎住職(左)

 その一方で、震災時のとても辛い記憶を話してくれた。高台から、津波に流されていく人を眺めることしかできなかった無力感。

 「もう、津波で人が死ぬのは見たくない」

 その思いから、釜石応援団からの韋駄天競走の提案を快く受け止めたという。

 この釜石での体験は、一生忘れることはないだろう。

 

 そして3月、宮城県女川町の「女川復幸男」には2度目の支援となった。なんと、震災後断線していた鉄道が完全復旧、その終着駅である女川駅のオープンの日と合わせて行われたのだ。参加者も多くなり、町の新しい門出に相応しい、盛大なものとなった。


「復幸男」スタート前。奥に見えるのが新・女川駅

 「変わっていく女川を見てほしい」。昨年、女川で言われた言葉。こんなにも立派な女川駅のオープンに、神事が少しでも力になれたなら、これほど嬉しいことはない。

 イベントも昨年に比べ、参加者が急増。また、町外からの参加者も多かったようで、3人の復幸男は全員、女川出身者ではなかった。


参加者も多く、盛大に行われた第3回「女川復幸男」

 ただ、あえて言わせてもらうと、ある参加者の態度には、本当にガッカリした。2番復幸男になったお笑い芸人の男性とともに、壇上に上がった後輩芸人。一番復幸男に「マグロ一年分」が商品として贈られると発表された際「(西宮神社から提供された)えべっさん像いらんからマグロ欲しい!」という言葉を発した。芸人だからウケを狙ったのか?言っていいコトと悪いコトの判断くらいしてほしいですね。

 釜石、そして女川。西宮のローカル行事だった開門神事は、いつの間にやら全国区となり、そして今、東北で「人々の命を守る」手助けになっている。

 2つのイベントの支援を通じ、今後も命をかけて、開門神事を守っていかなくては、と思いを新たにした。

 

平成27年 福男選び結果
一番福
志和 智徳 (しわ とものり)
二番福

小池 裕也 (こいけ ゆうや)

三番福
石田 晃希 (いしだ こうき)

 

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