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 平成28年の開門神事が近づき、このページのアクセスが増えています。もし、あなたが今回の神事に参加しようとしているのなら、福男選び情報ページもご一読ください。よろしくお願いします。

・開門神事へ向けての情報→平成28年 開門神事「福男選び」情報

管理人:「開門神事講社」講長・平尾 亮

 

七福神のひとりにも数えられる、商売繁盛を司る福の神「えびす様」。全国に「えびす神社」は3500以上存在するが、特に関西では信仰が厚く、人々から「えべっさん」と呼ばれて親しまれている。

その「えべっさん」の総本社が、兵庫県西宮市に位置する「西宮神社」である。
いつもは静かな境内だが、えびす神社最大の祭事「十日えびす」の際は、全国各地から参拝者を集め、凄まじい賑わいを見せる。

この十日えびすは、毎年1月9、10、11日の3日間にわたって行われ、それぞれ

9日
宵えびす
10日
本えびす
11日
残り福

と呼ばれている。

その「十日えびす」の最大の目玉が、1月10日の本えびす早朝に行われる「開門神事・福男選び」だ。

初日・宵えびすが終了し、本えびすが到来する10日午前0時、西宮神社の表大門である通称「赤門」が堅く閉じられる。
この時、一般参拝者は境内から締め出される。なぜならこの夜は、神社内で神聖な儀式が行われるのだ。

そして同日の午前6時、太鼓の合図と共に、この門が開け放たれる。その瞬間、門前に集合した人々が、約230メートル先の本殿を目指して一斉になだれ込む。
本殿に辿り着いた先着3番までに「福男」の称号が与えられ、その年の「福」を、その身に集めることができるのだ。

めでたく福男になると、縁起がよいのはもちろんのこと、
副賞として米、酒、えべっさんの木像などが頂ける。
賞金なんて野暮なものは一切出ない。
ただただ純粋に「福」を求め、人々は駆けるのだ。

一年に一度の、世界一熱い戦い。
それが「福男選び」なのである!!!


補足:
「福男」という呼び名ですが、老若男女誰でも参加できます。近年では特に女性の参加者が増加し、参加者の2〜3割は女性が占めるようになりました。(女性が3番までに入ると「福女」として認定されます)
決して限られた人々だけのイベントではなく、何百年も続いている庶民の祭りなのです。  


福男選び:歴史概略

そのルーツは古く、鎌倉時代までさかのぼる。
「十日えびす」の朝、えびす神の信者たちが「参拝一番乗り」しようと、自宅から神社まで走って参った・・・というのが起源だという。つまり当初は、スタート地点は「各自の家」だったのだ。
現在の「門前に集まり、開門を待つ」という形になったのは、江戸時代に入ってからとのこと。

今でこそ「神事」だが、元々は、庶民のえびす神信仰の中から自然発生したものなのだ。

そんな「西宮の地域の祭り」だった福男選びも、近年のマスコミ報道等により、一気に全国区のメジャー・イベントに。
参加者も増え続け、二千人を超えるほどになり、その熱はとどまることなく広がり続けている。


1950年代後半ごろの「福男選び」開門の様子。福を求める姿は、今も昔も変わらない。

管理人・平尾の「福男選び」への取り組みについて

私が初めて、この神事に参加したのは平成9年(1997年)。その時は「二番福」でした。その次の平成8年も二番福。 今度は絶対に勝つ!と意気込んだ平成10年は、もう少しで一番福!という本殿目前の最終コーナーで思いっきり転倒してしまい、一番福にはなれませんでした。この様子は当時「奇跡体験!アンビリバボー」という番組で「日本一不幸な男」として取り上げられたので、見たことがある方もおられるかもしれません。

そして、平成11年の「福男」を二週間後に控えた、クリスマスの夜。私は大きな交通事故に遭ってしまいました。高速道路でバイクで転倒→10トントラックに轢かれるという、死ななかったのが奇跡…という大事故でした。その事故で足に障害が残ってしまい、もう以前のように駆けることはできません。

もはや、一番福になることは叶わなくなっても、毎年、足に装具をつけて参加し続けました。競争に勝つことに執着しない、純粋に福男を楽しむ「いち・参加者」として神事に参加することで、初めて「福男選び」の本当の素晴らしさを知りました。


勝つことだけが福男選びじゃない」ということに気づいたのです。

一番になるに越したことはない。「福男」になれたら、もちろん嬉しい。しかし、そんな勝負を超えた部分に、この神事の本当の魅力が隠されていたのです。

やがて私は、神事を「裏方」として支え、盛り上げ、守っていくことはできないだろうか?と考えるようになりました。

その後、一部参加者で呼びかけ合い、「福男向上委員会(仮)」と銘打って、神社関係者と実際にお会いし、意見交換できる機会を作りました。1月9日には、「福男新報」という新聞を自作し、門前で無料配布する活動を続けていました。活動を本格化させるにつれ、団体名もいつしか「開門神事保存会」となりました。

そして平成21年(2009年)。長年の活動が認められる形で、神社側から正式な公認組織「開門神事講社」の発足を打診され、私は初代講長に就任。開門神事講社は参加者の整理やクジ引き、開門など、神事の大部分の運営を任されています。

報道は過熱する一方ですが、それに伴い、参加者のマナーの低下や、マスコミの強引な取材など、新たな問題も浮上してきています。神事をこれからも続け、素晴らしいものにしていくために、少しでも力添えできれば…と思っています。

平成11年度「福男選び」スタートの様子 2000年9月、一時退院中に、西宮神社社務所前で

平成24年12月27日
平尾 亮

 

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