気が付くと病院のベッドの上だった。 点滴・輸血・体中に包帯・ギブス。全身が痛い。 しかし私は生きているらしい。 どれぐらい気を失っていたのだろうか?見当もつかない。 右足は大きな鉄の棒のようなもので固定されていた。 そのことを私は不思議に思った。 鉄の棒が不思議だったのでは無く、「右足がある」ことが不思議だった。 やがて主治医の先生から様々なことについて説明を受けた。 この病院は京都市のはずれに位置する病院であること。 手術は7時間以上の大手術で、命すら危うかったこと。 右足は原型を留めていなかった程の複雑骨折であること。 そして・・・今は右足はなんとか接合されているが、 この先の状況次第では切断も有り得るということ。 また・・・その可能性が高いこと。 更に、もし順調に回復したとしても、以前のようには走れないだろうこと・・・。 ここで、私は初めてなぜあれほど長い間救急車で運ばれていたのかを知った。 右足の状態が余りにも酷かったため、近場の救急病院に運ばれていたら、 私の右足は確実に切断されていただろう。 救急隊員の方がそれを防ぐために、 接合手術の設備・人材ともに揃っていたこの病院まで運んでくれたのである。 説明を受けて、私は救急隊員の方に、 主治医を始めとする病院の方々に、生きていることへの幸運にと、 様々なことへの感謝を捧げなければいけないのだが・・・、 この時は余りのショックと混乱にそれどころではなかった。 事故の連絡を受けた友人が次々に見舞いに来てくれた。 事故の数時間前まで、一緒に過ごしていた友人達だ。 皆、病室に入ってきたときは、余りにも酷いこの怪我に言葉を失っていた。 しかし事故の様子を知るにつれ、 「生きてるだけでも幸運やで」と皆は口々に励ましてくれた。 たくさんの友人たちの励ましに少し元気が出た。 しかし同時に、 これは悪い夢ではなく、 紛れも無い現実なのだということを改めて知らされることになる。 これから、多くのことと闘っていかねばならないのだ・・・。