▲TOPページへ

自作新聞
「福男新報」

私は、毎年福男選びに参加する時、自作の新聞を作って行き、参加者に無料配布する。これが意外にもなかなか好評だったりする。平成13年からは門横で待っている時に張り紙を出し、希望者には誰にでも差し上げている。

ここではその幻の新聞「福男新報」を公開いたします。字が汚いのは、カンベンしてくださいませ。

※補足
初期の新聞の名前が違うのは、初めは私が通っていた大学の友人向けに製作していたため。「福男新報」になったのは平成13年度からです。

新聞をクリックすると大きな画像が出ます

復幸男特別版
初の特別号
 宮城県女川町で行われた「福男選び」をモチーフにしたイベント「復幸男選び」をサポートすることになり、現地へ“本家”と
同じものをもっていきたい…と製作。現地で参加者と関係者に配られた。

 メイン記事は、これまで震災後に神事で配布してきた黄色い手袋について。西宮と女川をつなぐシンボルになるように思いを込めた。また、この年の福男からのメッセージも顔写真入りで入れるなど、できるだけ神事を身近に感じてもらえるようにした。

 とりあえず、皆さんに喜んでもらえたのが一番。また機会があれば特別版を作りたい。

平成26年(2014年)版
第17号
 スタンダードにコース紹介、開門フォーメーションなどを。

 前回の神事後、一番福がツイッターのフォロワー拡大という形で「福」を広めたと聞き、福男の形も時代とともに変わっていく…そんな内容。

 また、この年から発売になった新チャリティーグッズ「福男法被こけし人形」の紹介も。ぶっちゃけ売上自体は少なかったものの、手に取ってもらった参拝客からはおおむね好評だった。

 配布数は3000ほど。今後はヘタに部数を増やすよりも、しっかりと配布できる数を発行しようと思っている。

平成25年(2013年)版
第16号
 前回までの構成を踏襲しながら書き上げた。イラストは結構書き込んだので、参拝客はどれが誰なのか楽しみながら見てもらえたようだ。

 今回の記事の中心は、昨年に続いて行った、参加者に配布する「黄色い手袋」。ただ身につけて走ってもらうだけじゃ思いは届かない。しっかりと走る人、見る人にその意味を伝えたかった。また、新たに加わったグッズ「福男手ぬぐい」の紹介も下部に。

 配布数は前回と同じ5000。少なくとも今後、これ以上は増やすことはないだろう。これまで年によって発行部数はアバウトだったが、これからはハッキリと「限定5000部」としようかな。

平成24年(2012年)版
第15号
 晴れて、正真正銘の「15周年」となった。配布場所はこれまで赤門前だったのだが、この年からチャリティーグッズ(『一番福』ストラップ)を販売する関係で、赤門入って左側に移動した。

 内容は、開門神事講社の講長として「東日本大震災後初の開門神事の意味」について書かせてもらった。日本が困難にブチ当たっている中で、私たちにできることはないか。使命感の中で一気に書き上げた。

 配布数は5000部。当初から用意していた枚数で、増刷はしなかった。正直、チャリティーグッズ販売と、そのあとのスケジュールを考えると、この部数がギリギリのライン。これまで部数を増やしてきたが、恐らく次からは印刷数を減らす方向になっていくのではないか。

平成23年(2011年)版
第14号
 タイトル部の不自然な「15年目!」の表現は、当初「15周年」と書いたが違うことに気づいたため。

 かつては趣味の範囲を出なかった新聞作りだが、私が開門神事講社の講長になったことで、福男新報は「広報紙」的な意味合いが強くなった。オチャラケ過ぎてはいけないし、堅苦しい情報ばかりでは一般参拝者は読まない。バランスが難しい。

 もらってくれる方は増え、増刷を重ねた。正確な部数は分からないが、もしかしたら6000部を超えたのでは。過去最高だったのは間違いない。

平成22年(2010年)版
第13号
 読みやすさ第一な感じでまとめてみた。遊び心を忘れない中にも、ちゃんと参加者に伝えなければならない部分は押さえた。

 某テレビ局の方のブログでも「こんなのもらいました」と紹介されていたのだが、右上の文字が修正されていた。いわゆる“大人の事情”というやつである。うむむ。

 この年はなぜか福男新報が大ブレイク。刷っても刷ってもすぐに無くなるという状態で、合計約5000枚をほぼ配りきった。素直に嬉しいです。わーい。

平成21年(2009年)版
第12号
 一度やってみたかった!コース解説を中央に大胆に配置。記事の切り貼りに苦労したが、見栄えはとても良くなったと自画自賛。

 今回も記事の中に前年の流行語を混ぜ、イラストには“時の人”を描いた。手に取ってくれた人が屋台でビールを飲みながら「これってアノ人ちゃう?」なんて話題にしてくらたら嬉しい。

 日程が週末と重なったこともあり「十日えびす」はスゴイ人。この新聞も当初用意していた2000枚はすぐに消え、増刷した2000枚もほぼ無くなった。合計4000枚…ちょっとスゴイ。

平成20年(2008年)版
第11号
 コース解説を少し小さめに、視覚的な楽しさと情報量のバランスを考えて作った。

 今回はちょっと“いちびって”みた。福男にハッピが贈呈されることになったのを、その年に流行した「××王子」にかけて「ハッピ王子」としたり、イラストの参加者に前年に活躍した著名人を混ぜるなど、前年の出来事を絡めての構成になっている。

 当初は2000枚用意していたが足りず、追加で1000枚刷ったが完全に無くなった。今年も「字がヘタすぎ」の声が絶えなかったのは、もはや勲章?

平成19年(2007年)版
第10号
 当初は完全“遊び”で製作していたこの新聞も、ひとつの区切りといえる10号を迎えた。

 今までのものより、パソコンで製作した見出しを多用するなど、パッと目を引くように工夫してみた。それでも基本は「手書き」。毎回色んな意見を頂くが、この基本スタンスは貫いて行こうと思う。

 配布数は約1500枚。ここ数年は右肩上がりだったが、この年は前年の半分ほどだった。しかし宵えびすが平日だったこともあり、参拝客が少なかったことを考えれば上々。手にとってくれたお客さんに感謝である。

平成18年(2006年)版
第9号
 昨年のものをベースに、情報量をUPさせた。福男新報のひとつの完成形、といえるかもしれない。

 参加者の増加により、昨年から導入された「くじ引き」制度。ぶっちゃけ、こんなものは無かったほうがいい。だがそうせざるを得ない現状。その理解を求めるととともに、変わっていく神事への警鐘を鳴らす意味で、少し辛口な記事を書いた。

 約3000枚ほど用意していたものが、ほぼ全て配りきってしまうほど、多くの人が手に取ってくれた。この稚拙な新聞が、神事への理解を少しでも広げてくれれば…と思う。

平成17年(2005年)版
第8号
 昨年好評だったコース紹介を、少しコンパクトにする形で残した。

 昨年は福男選びで騒動があり、不名誉な形で注目されてしまっていた。そこで参加者に対し、神事参加への意義を呼びかける文章も載せた。
 またこの年、参加者の増加に対応するために新スタート方法が導入されたので、それを解説。神社側からのルール通達という意味でも活躍した。

 発行部数は、なんと約2000枚。この年の神事への関心の高さが伺えた。

平成16年(2004年)
第7号
 昨年までは簡単だった「コース紹介」をグレードアップし、要所の名称&攻略法を書いた。これが好評で、ワイドショーなどではこれをそのまま使った報道もされたりして驚いた。

 また、常連だけではなく、多くの新規参加者が押し寄せていることから、この年のキーワードを「NEW-GENERATION(ニュー・ジェネレーション=新世代)として紹介した。

 総発行部数は1000枚。年々、もらってくれる人が増えていることに、神事の注目度の上昇を感じている。

平成15年(2003年)
第6号
 好評だった昨年のものをベースに製作。事前に某新聞で「福男新報」の名前が出たこともあり、多くの人がもらってくれた。その際に「この前、新聞に出てた人やろ」と声をかけてくれた方もいて、とても嬉しかった。

 だいたい450部ほど配ったと思う。

 今回は一号からずっと続けてきた「福男有力候補者紹介」を無くし、福男の新時代の幕開けと、参加を呼びかける記事に差し替えた。

 福男後の報道では「過去の一番福不在!」と伝えるメディアもあり、この新聞が結構、マスコミの役に立ったようである。

平成14年(2002年)
第5号
 久々に縦書きにしてみた。このほうが「新聞」っぽい。
 門の横で積極的に参拝客に配ったこともあり、発行部数は過去最高。300部以上は配ったと思う。
また新たな試みとして、新聞に私のHPのURLを載せのだが、福男終了後、コレを見て訪れて下さった方も沢山いた。

 今まで遊び半分で書いてきた新聞だが、多くの反響にとても驚いた。

平成13年(2001年)
第4号
 名前が「福男新報」に変わり、内容も大幅に変更された。今までは、私の福男への思いが中心だったが、この号から万人へ「福男選び」の魅力を広めることに重点を置く内容になっている。

 この号から、参加者以外の人にも配布された。

<欠番>
平成12年(2000年)版
当時私が入院中だったため欠番です。

平成11年(1999年)
第3号
 この前年、私は大学を編入学して所属が変わったので、新聞名も変更されている。
いかに、私が福男に賭けていたかが解る。

 ちなみにこの年に、私はゴール前で転倒したのだ。

平成10年(1998年)
第2号
 この号から横置きに。左側は「福男選び」の概要、右側は有力選手の紹介となっている。
「福男新報」の基本形を、この号で確立した。

 前回二番福だった悔しさをバネに、思いっきり一番福奪取に燃えていたのがうかがえる。

平成9年(1997年)
記念すべき第1号
 縦置きにして書いているが、ちょっとゴチャゴチャしている気もしないでもない。
 このあと数号は横置きになったのは、(横置きだと)紙の中心で紙面を分断できるので、記事をまとめ易かったからだと思われる。
 「チム」とは、当時私を福男選びに誘った友人で、善斉さんの高校の後輩でもある。

 当時は福男を面白おかしく紹介することを目的としていた。

 

「刻まれた時間」インデックスへ
トップページへ