かつて、私は凄まじい「アナログ人間」だった。
とにかく機械モノに疎く、友人たちが携帯電話を所持していく中、
私一人だけが持っていない…という状況だった。
そんな私だったが、ある転機が訪れる。「入院」である。
交通事故で長期入院を余儀なくされた私に、兄貴が一台の古いノートパソコンをもってきた。
「これからの時代はパソコンを扱えないと話にならない。
コレをやるから、入院中に練習しとけ」
それからというもの、誰に習ったというコトもなく、独学でパソコンを勉強してきた。
初めは何が何やらさっぱり・・・だったが、
とりあえず操作して、本を読み、どーしても解らんコトは兄貴に聞いて…。
うちの兄貴はプログラマーの職に就いている。
私には一生かかっても無理と思えるような言語を扱い、
「無(む)」の状態から、全く新しいモノを作り出すのである。
まさに、私とは全く正反対の人生を歩んできた人間なのだ。
そんなワケで、PCを扱っていて解らないコトがあれば、兄貴に聞いてみるのだ。
それで大概のコトは教えてくれる。
PCの「先生」とまでは行かないが、私にとって「生きたヘルプファイル」といった感じかな。
そんな兄貴の存在はとてもありがたいのだが、ちょっとイタダケない部分がある。
それは「教える時の表現」。
PC操作の専門用語はほとんど使わず、それらは全て「擬音」に置き換わってしまう。
例えば「クリック」。兄貴はいつも「ペコ」と表現する。
「じゃあ、そこをクリックしてみろ」は、兄貴の表現では「じゃあ、そこをペコっと」となるのだ。
当然ながら「ダブルクリック」は「ペコペコ」である。
まだこれはマシなほうで、「ドラッグ」に至っては「てろてろてろ〜〜」に変換される。
ここまでくると意味不明である。
「そこをペコペコっとやって、コレをペコッとしたままてろてろてろ〜〜〜・・・」
もはや何を言っているのか解らない。
まあ、実際にPCを操作しながらだと理解できるのだけれど。
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時は流れた。
数年間、独自にPCを扱ってきて、私はある水準以上にPCを操作できるようになった。
まだまだ深い専門的な部分は解らないが、
平均以上のPCのスキルは身につけている、と思えるようになった。
少なくとも、かつての「完璧アナログ人間」からは脱却できただろう。
さてさて、私は現在、職業訓練校に通っている。
特殊な学校なので、色んな人が訓練生(生徒)として通っている。
年齢、以前の職業、家庭環境・・・。
本当に、バラエティー豊かな顔ぶれだ。
だが、ほとんどの人が「PC初心者」というのは共通している。
一部、PCの検定資格を持っている人もいるが、本当に僅か数人の「例外」だ。
その中あっては、私は間違いなく「上級者」という扱いになる。
というわけで・・・私が初心者の人に「PCの操作を教えて下さい」と頼まれることもしばしば。
今まで兄貴から「教わる」一方だったのが、突然、私が「教える立場」になったのである。
PC初心者さんに操作を伝えるため、私は画面を指差す。
「ここをペコペコっとやって・・・。」
…。
うつってる。兄貴の擬音が・・・。
長年聞いてきた兄貴の擬音は、いつのまにやら私の中に染み付いていたのだ・・・。
しかしながら意外にも、私の解説は解り易いと好評だ。世の中わからんもんですなあ。
ちなみに、オリジナリティーも出てきた。
クリックの「ペコ」はそのまま受け継がれたが、
兄貴のドラッグ「てろてろてろ〜〜」は、私の解説では「うにうにうに〜〜」に生まれ変わった。
「これをここに、うにうにうに〜〜〜とやると・・・」
そんなこんなで、「教わる」ばかりの立場から「教える」立場へ。
「な〜んや、そんなのはこうすればイイじゃん!」
と思うような質問をされることもある。
が、そんな時は、自分が初めてPCを触った時のことを思い出す。
何も解らず、ひとつの操作するのにも、頭を悩ませていたあの頃を。
解りやすく、丁寧に。全部教えるんじゃなく、できるだけ感覚で覚えやすいように。
この人も将来、人に教える立場になった時に、
「ペコペコ」とか「うにうに〜」とか言うのかな?なんて思いながら…。
そんなこんなで、今日も「ペコペコ、うにうに〜〜」と頑張ってます。
追記:
ある日、PC初心者の女の子に質問を受けた。
「“ディレクトリ”って何ですか?」と。
ズバリ、「ディレクトリ = フォルダ」、である。
(厳密に言えば微妙にニュアンスが違うそうなのだが、
Windows上では、同じものと考えるのが一般的)
そこで私は答えた。
「モモヒキのことを、スパッツって言うのと一緒やね!」
彼女の表情には、明らかな混乱の色が・・・。
人に「教えられる」立場になるのは、なかなか難しいものである・・・。
(2003年7月20日) |