資料集などを見た人はすぐに気づくと思うが、
私は「福男選び」に、毎年同じ服装で参加している。
赤いハチマキに赤いジャージズボン、
そして灰色のトレーナー。
「気に入っているから着ている」ということもあるが、
そんな単純な理由だけでは終わらない。
そのそれぞれに、私の強い思い入れがあったりする。
ここではその中から、毎年着ている灰色のジャージ、
「ガッツくんトレーナー」について語ろうと思う。
この「ガッツくんトレーナー」、実は結構有名な代物だったりする。
「ガッツやKOBE」とプリントされた、
阪神・淡路大震災復興支援トレーナーなのだ。
涌嶋(わくしま)さんという、神戸出身の方がデザインした。
ハートを高く掲げて走る「ガッツくん」の姿は、
震災復興のシンボルとして、たびたびマスコミで大きく取り上げられた。
さらに当時人気だったドラマで、
同デザインのTシャツをスマップの木村拓哉が着たのがきっかけで、
一部で大ブームとなったこともある。
「ガッツくん」は震災復興途上の神戸において、
まさに希望の象徴であったのだ。
私が初めて「福男選び」に参加した1997年は、
阪神・淡路大震災が起こった僅か2年後だった。
街には震災の傷跡が色濃く残り、まだ多くの人が仮設住宅で暮らしていた。
僕は「福男選び」に出場するにあたり、
被災した人たちに、何らかの形でエールを送れないか…と考えた末、
このトレーナーを着て走ろうと決めたのだ。
以前、「福男選び」関連でテレビの取材を受けた時、
テレビ局の方がこんなことを言っておられた。
「毎年、1月17日が近づくと、本社(東京)のほうから、
『もう、震災の復興は終わった。わざわざ時間を割いて、震災特集なんてしなくていいだろ』
なんて言ってくるんですが、私達(関西支局)は、
『絶対、震災特集は必要だ』って言って、震災特集を組んでるんです。
年々、時間枠は減ってはいますけどね。
やっぱり、あの大きな揺れを実際に体験していないと、
あの地震の本当の怖さがわからないんでしょうね・・・・」
私の家は、神戸からそう遠くない尼崎にある。
震源地から離れていたこともあり、家は無事だったが、
地震を身をもって体験した。被害も、それなりにあった。
だから、「あの地震で得たものを風化させてはならない」という思いがある。
もはや仮設住宅は全て無くなり、街で震災の名残を見つけることさえ難しくなった。
「ガッツくん」のグッズを作っていたメーカーでも、
震災復興のシンボルであった 「ガッツくん」は一線を退き、
別のキャラクターがメインマスコットになっているようだ。
それはそれで、嬉しいことかもしれない。
私も一時、もうこのトレーナーを着るのをやめようかとも考えた。
でも、私は、ずっとこのトレーナーを着つづけると思う。
震災が忘れられつつある、今だからこそ・・・このトレーナーを着たい。
「がんばる心はつぶれへん!」
トレーナーに刻まれている言葉だ。
あの時の記憶を、風化させないために。
これからも、ずっと・・・・。 |